常陽リビング
Joyoliving News : 2022年04月29日掲載

「住んでいる家」活用で「助け合い」の仕組みを

守谷にシニアの居場所オープン

桜の花が見ごろを迎えた4月上旬、守谷市薬師台のやまゆり公園にほど近い一軒家にオープンした「喜楽荘(きらくそう)」。

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オープン初日の様子。初対面でもすぐに打ち解け話が弾んでいた


家主の清水忠晃さん(86)は、30年前に四国八十八ケ所巡拝で授かった御朱印と各霊場の本尊を模した自作のヒョウタンを展示した一室に人々を迎え入れた。

別室では地元愛好家の写真展が開かれており、この日は6人がテーブルを囲んで入れ立てのコーヒーを味わいながらよもやま話に花を咲かせていた。

窓の外には手入れの行き届いた庭が広がり、室内には優しい光が差し込む。

「家の近くに交流の場が欲しいと思っていたのでうれしい」と80代の女性は顔をほころばせた。



北守谷地区は住宅開発区域となり昭和60年代頃から急速に人口が増加した。

入居当時40代だった団塊の世代が後期高齢者になり高齢化が加速、さらに団地で育った子どもたちが親元を離れた影響により一人で暮らす高齢者が多いことが特徴。

このような背景から地域住民からなる北守谷地区まちづくり協議会市民交流部会では、これまで2カ所の公園を会場に地元住民の交流の場を展開してきた。

その一環としてこのほど、シニアの居場所として開設したのが喜楽荘だ。

きっかけ作りをコンセプトにサークル活動や展示会、お茶席、料理教室などにも利用できる。

原則無料だがコーヒーを1杯200円で提供し光熱費に充てる。



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家主の清水さん。四国八十八ケ所霊場の本尊を模した自作のひょうたんを前に


「空き家ではなく住んでいる家の活用は守谷では初めて」と話す清水さんは13年前に娘の近くで暮らすために京都から移住。

2021年まで認知症の妻タツ子さん(82)と2人暮らしだったが、転倒をきっかけにタツ子さんは介護施設へ入所し現在はこの家に一人で暮らしている。

「女房は『お父さんありがとう』の言葉とともに、私が一人になっても困らないように家事を教えてくれました。恩返しの気持ちも込めて残っている力を地域のために使いたい」



引っ越し当初から趣味のひょうたんの会や市民大学に参加するなど積極的に人脈を広げてきたが、妻との老々介護の暮らしに不安を感じ始めた3年前に参加した市内のまちづくり講座の講師から「近所で助け合いの仕組みを作ってみては」と勧められ自宅の開放を決意した。

「それまで近所との関わりは皆無。最期まで自宅で自分らしい人生を送るためには見守りや声掛けなど昔ながらの“向こう三軒両隣”の付き合いが欠かせないという人付き合いの原点を忘れていました」と振り返る。

立ち上げに先立ち町内を一軒一軒回って自身の思いを伝えると、予想を上回る賛同や励ましの声にこのような場を求めている人の多さを実感。

市内の茶道講師からは茶室の設えの申し出があるなど多くの協力もあった。

「この年になって人のありがたさを感じています。人に何かをしてもらうことは不得手でしたが、今は素直に人の思いや力の“いただき方”を学んでいます」。

自宅に引きこもりがちな高齢者が外に出るきっかけを作り、情報交換の場としてはもちろん、将来的には福祉などの専門家とそれを必要とする人をつなぐ役割も担いたいと思いは膨らむ。



2022年5月18日(水)からは傾聴ボランティア・ジャスミンによる「おしゃべり傾聴サロン」がスタートする(毎月第1・3水曜、午後1時~3時)。

「話すことで思考が整理され脳が元気になります。ぐっすり眠れるようになったという方も。構えずにご参加ください」と同会代表の神谷勲さん(78)は呼び掛ける。



市の健幸長寿課の担当者は「安否確認や認知機能の衰えなど、一人暮らしの高齢者を取り巻く問題を解消するためにもこうした集いの場はありがたい」。

現在同市では65歳以上の市民約1万6000人のうち1割を超える1800人ほどが単身世帯。

住んでいる地域内での「自助」や「共助」などの助け合いづくりの構築が、目前に迫る超高齢化社会を豊かに生きるために必要になる。

「1本は弱い糸でも5本10本集まれば一つの丈夫な縄になる。みんなで知恵を出し合いこれまでのがんばりが報われるご褒美のような人生が送れたら」と清水さんは力を込める。


シニアの居場所「喜楽荘」

■住所/清水宅(守谷市薬師台5-20-6)
■開催日時/毎週水曜、午前10時~午後3時半
(急な休みあり。開催日は青いのれんが目印)
出入り自由。各種サークルや展示会などの利用希望者は 要問い合わせ
[TEL]0297-45-1016/清水さん


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