Joyoliving News : 2022年01月01日掲載

目標は新人王

筑波大学から埼玉西武ライオンズへ「佐藤隼輔投手」

2021年10月に行われたプロ野球ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから2位指名を受け、2021年春からプロの世界へ。

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4年間汗を流した筑波大学の野球場で笑顔を見せる 「試合中はポーカーフェイスです」

Baseball player 佐藤隼輔 (さとう しゅんすけ)

「入学当初から「1位指名」を目標にしており指名当日は悔しさもにじませたが、「スタートラインは同じ。ここからは誰にも負けないパフォーマンスをする」とドラフトから9日後の球団指名あいさつで決意を新たに口にした。

西武の潮崎哲也編成グループディレクターは「スケールが大きい先発投手。(加入は)チームに大きな価値をもたらす」と高い期待を示した。


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指名あいさつで帽子をかぶりプロへの決意を新たに

最速152㎞の速球を誇る左腕。宮城県・仙台高校3年時に春の宮城大会仙台育英戦で144㎞をマークし複数の球団スカウトの目に留まった。
高卒プロ入りの期待も高まったが、本人が選んだのは筑波大学への進学だった―。

「大学4年間で力を付けてプロに挑戦したかった。さらにセカンドキャリアを考えると筑波大学しか選択肢はなかった」とプロへの憧れと同時に厳しい現実もしっかり見据え、多角的な考え方を身に付け広い視野を持って野球に打ち込みたいとの確たる思いで、筑波大学に進学した。

1年秋のリーグ戦で先発デビューを飾り、2年で大学日本代表として出場した日米大学野球選手権では中継ぎを務め自責点をゼロに抑えるなどチームの勝利に貢献。

「トップレベルの選手と戦ったことが貴重な経験。自分の投球が通用したことが自信につながった」と侍ジャパンとして大舞台のマウンドに立ったことを一番の思い出に挙げた。

2年の秋に肘の靭帯を痛めた以外は大きなけがもなく充実した4年間だったと振り返る。
所属は体育専門学群。「体の構造について専門的な知識が身に付き、どこを鍛えたら良い投球につながるかを考えられるようになった」。大学での学びは、いつしかエースの体づくりを支える武器にもなった。

「投球は1㎜単位のコントロールで差が出る」と精度を上げることを今後の課題とし、「3塁方向へのクロスファイア(投手が軸足の位置とは対角のコースに投げ込むストレート)が強み。自分らしさに磨きをかけて活躍したい」と抱負を語る。

プロ1年目の目標に、新人王と2桁勝利を掲げた。


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「佐藤は努力を人に見せないタイプ。素直さと頑固さを持ち併せている」と話す川村監督(右)と指名あいさつで

佐藤投手を近くで見守ってきた同大体育系准教授・硬式野球部監督の川村卓(たかし)さんは、スポーツ選手の動作解析と野球コーチング論の研究者でもあり「最速152㎞のスピードばかりが注目されますが、コントロールや変化球も優れている」と教え子の総合力の高さを挙げた。

野球選手として必要な「心技体」がそろうといわれる25歳に照準を合わせ、そこに向けて着実に力が付くように強化すべき内容をあえて絞って指導してきたという。

「早くプロの生活に慣れて彼の強みをしっかり出してほしい」とエールを送る。


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写真提供/筑波大学アスレチックデパートメント


座右の銘は「泰然自若(たいぜんじじゃく)」。
自他ともに認めるマイペースな性格で、感情の起伏はあまりないという。

「メンタルは強いと思う。結果がだめなら次やるしかないと気持ちを切り替えます」

小学4年の時に友人に誘われて地元の少年野球団に入ってから、一貫して勝利の喜びが野球を続ける原動力になっている。

「本気でうまくなりたいなら、自分の考えをしっかり持つこと。監督やコーチのアドバイスが理解できるまで、しっかり意見交換することが大事」と野球少年たちにアドバイスする。

筑波山神社までの駅伝が一番の思い出

間もなく新天地でスタートを切る。
最後につくば市の思い出を尋ねると「筑波山には2回登りましたが、がけもあってただただきつかった。でもその分強い達成感を得られました。野球部恒例、筑波大学から筑波山神社までの『駅伝大会』は一番の思い出です。10チームが6区に分かれて1人4㎞走るのですが、自分は東大通りを担当。これも結構きつかったです。筑波山神社で必勝祈願をして温泉に入って食事して最高に楽しかった」と笑顔で答えた佐藤投手。

筑波大学での4年間を胸に、プロのマウンドに立つ日を目指す。

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