茨城ロボッツをバスケットボールBリーグ1部(B1)昇格へ導いた立役者の1人、上原和人さん(42)は牛久市立第一中学校、土浦日大高校、国士舘大学、実業団で選手として活躍し、2015年からチームの最高責任者であるゼネラルマネジャー(GM)としてロボッツを牽引してきた。悲願のB1昇格を見届けた今、一つの節目を迎え新たなステージに進む。
「とにかくバスケを楽しんでください」と子どもたちへエールを送る
=6月30日、水戸市ユードムアリーナ
GM就任から意識していた日本一。
その通過点ともいえるB2からB1への昇格。
年々高まる周囲の期待とは裏腹に、なかなか結果が出ないもどかしさにチームのトーンが下がるのを感じていた。
さらに追い打ちをかけるように襲ってきたコロナ禍で迎えた昨シーズンは、昇格に向かって何をするべきかを逆算で取り組んだ1年だったと振り返る。
「苦しい時代からチームに期待し応援してくれた多くの方々の思いを感じていましたし、昇格を約束して加入してもらった選手やスタッフもいる。その責任を果たすために誰よりも本気になって行動すると覚悟を決めました」。
GM専念を志願し、選手同様に1年契約で退路を断ち勝負をかけた。
責任はすべて自分が取ると宣言し、徹底的にチームに向き合いチーム構成から雰囲気作りまで昇格に向かって突き進んだ。
次第にチームのトーンも上がり、一つにまとまっていく手ごたえを感じていった。
そしてB1昇格の瞬間―。
「喜びよりも安堵感の方が大きかった。今シーズンは試合前から選手やスタッフの熱量の高まりを感じてグッときてしまったり、苦労していた選手が試合で活躍する姿に胸をなで下ろしたり、(昇格までの)一つ一つの過程にドラマがありました」
©IRSE / Akihide TOYOSAKI
選手は目標に向かって努力し、ブースター(バスケットボールのファン)はチームを応援することで活力が湧く。
それぞれの立ち位置でバスケの価値を高めることが喜びになり、明日への力になる。それがスポーツの持つ力だと信じている。
バスケ人生の出発点は小学4年。
転校先の牛久市立神谷小学校のミニバス部の顧問に身長の高さを買われて誘われたことがきっかけだった。
2つ上の先輩は全国大会に出場するなど高いレベルでのスタートだったが、自身もすぐに頭角を現した。
顧問の先生がよく口にしていた「人を大事にしなさい」という言葉は、今でも強く心に残っている。
親にバスケをやめろと言われた時も自宅まできて親を説得し、「バスケをやめるきっかけはバスケでしか取り返せない」と激励されるなど、真正面から自分に向き合ってくれた恩師から「人と徹底的に向き合う」という姿勢を学んだ。
中学時代は茨城県選抜に選出され、バスケの厳しさを知った土浦日大高校ではチームキャプテンを務めた。
プレイヤーとしても人としても「茨城に育ててもらいました」と感謝の言葉を口にする。
この地で自分がしてもらったように、バスケを志す子どもたちの育成に尽力したい―。
「ロボッツがさらに強くなる姿を見てプロを目指す子どもが増えると思う。チームとしてもバスケ界の裾野を広げてもらいたい」
中学の時、バスケの神様と呼ばれたマイケル・ジョーダンに憧れて、高さ3メートル5センチのゴールリングに向かってダンクシュートに挑んで成功させた。
常にポジティブな思考を持ち「できない」ではなく「できる理由」を先回りして考えチャレンジしてきたバスケ人生。
B1昇格を置き土産に、この先も新たな目標に向かってシュートを放つ。
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7月26日(月)必着