Joyoliving News : 2020年02月22日掲載

県民球団、「ダンス」で支える

茨城アストロプラネッツ ダンスチーム「ベガス」ディレクター ・山口 悠起子さん

幼いころからダンスに魅了され、大学卒業後向かったアメリカで奥深い表現を学んだ山口悠起子さん(27歳、土浦市在住)。高校の体育講師を経て、現在務めるのは茨城アストロプラネッツのダンスチーム・べガス率いるディレクター。「地域貢献に力を入れる球団を支えたい」という思いを胸に、精力的に活動を続けている。


ダンスパフォーマンスと笑顔を届けるベガスダンサーズ

「踊り」と初めて接したのは2歳の時。3つ上の姉が習っていたつくばのカルチャースタジオで見た日本舞踊だった。祖母からも勧められ始めてはみたものの、成長するに従い興味の対象はモダンバレエやモダンダンスに変化。同スタジオで開かれていた講座に通い出し、いつしか夢中で取り組むようになっていた。「ダンスのとりこでした」。

中学生でモダンダンスの全国大会に挑戦。一緒に練習してきた仲間が好成績を収める一方、いざ本番になると緊張で実力を発揮できない自分がいた。「本番でいつものように踊れないのは、才能がないということと同じ」。深い絶望感を幾度となく味わった。それでも「ダンスが好き」という一途な思いに変わりはなかった。

落胆から心機一転


練習中にレッスン生の動きを確認し修正箇所を伝える山口さん=2月6日、土浦市内

高校入学と同時に、卒業後の進路をダンスが学べる大学一本に絞った。プロ講師による個人レッスンを受けるなど本腰を入れて取り組むとめきめき上達。技術に一気に磨きが掛かり、高2の時の全国大会で初めて3位入賞を果たした。「ずっと大舞台でうまくいかなかったので、喜びはひとしお。自信につながりました」。

ひたむきに努力を続けた結果、第一志望だった桜美林大学総合文化学群ダンス専修に合格。希望を胸に抱き入学したものの、得意とするジャズやヒップホップダンスが学べないことが分かった。「ダンスは趣味として社会人チームで楽しもう」。落胆したものの、すぐに前を向き再受験に挑んだ。健康福祉学群で学び、中高の体育教員免許を取得した。
大学卒業後、アメリカ・メンフィス大に留学。「どうしても本場でしっかりダンスを学びかった」。約1年間、充実した講義と実技によるダンス漬けの日々を送った。帰国前の最終公演には50人ほどのメンバーと参加。観客の女性からもらったのは、大きな花束と「あなたのダンスのおかげで生きる活力をもらえた」という感謝の言葉。「日本でくすぶっていた不完全燃焼のような感情が吹っ切れたような、すがすがしい気分でした」

ダンス道「究めたい」


ダンスアカデミーの生徒たちと。練習中は厳しく指導し、オフは優しい「お姉さん」のような存在

17年2月まで土浦二高の常勤講師として勤務。専属コーチを務めた創作舞踊部ではチアダンスに注力。生徒たちの技術ほかあいさつなど生活態度まで厳しく指導に当たった。

そのまま教員を続ける選択肢もあったが、メンフィス大の恩師にプロダンサーとしての道を歩むことを勧められた。「今しかできない。チャレンジしてみないか」と背中を押され再渡米。ロサンゼルスでバックダンサーやダンス教室のサポート、プロモーションビデオ出演など幅広く活動。米国と日本を行き来する充実した生活の中で、縁あって19年から茨城アストロプラネッツ・ベガスダンサーズに所属。試合中のパフォーマンスだけでなく、イベントなどにも参加。ダンスの楽しさを多くの人に広めている。

「チア・ダンサーは球場の『華』。スタンドにダンスと笑顔を届け、選手にはパワーを与えてほしい」と同球団広報宣伝部部長の小泉浩之さん。また、オーディションから衣装、練習などの管理ほか、地域の子どもたち対象のアカデミーなどでダンスも指導。広報戦略本部の郷奈佑美さんは、「目標への計画性、行動力があり、優しくて芯が強くカッコ良い女性。メンバーや生徒さんたちの憧れの存在です」と話す。
昨秋、長女を出産。夫と両親のサポートを受けつつ子育てに仕事に奮闘中。「今後も、ダンスを通して地域貢献にも力を入れる球団を支えていきたい」

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