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2019年6月3日(月)

鮭と酒―生き物よ、土に還れ

7月7日まで、かすみがうらで小林恒岳展

霞ケ浦の高浜入りに居を定めた日本画家小林恒岳(享年85歳)の4作品が、昨年かすみがうら市に寄贈された。汚染された湖の再生を願った作品だけでなく、地域の文化振興やコミュニティー形成などに影響を与えた恒岳の人となりを紹介する企画展が、7月7日(日)まで同市歴史博物館で開かれている。


在りし日の小林恒岳さん

小林恒岳(本名・恒吉)は、小川芋銭に学び新興美術院を興した小林巣居人の三男として昭和7年東京に生まれた。終戦の翌年新治郡高浜町に転居。旧制土浦中学(土浦一高)卒業後農協に勤めるも、画家の夢を捨てきれず東京芸術大学で本格的に日本画を学び始めた。

常磐線の列車内で妻となる志津江さん(83)と出会い、卒業と同時に結婚し二人の子宝に恵まれた。時は反体制を叫ぶ六十年安保。若い恒岳さんも従来の日本画に疑問を感じ、日々新しい画風を模索していた。

半漁半芸


詩人・硲(はざま)杏子としても活躍する妻の小林志津江さん

昭和40年、アトリエ確保のため一家は再び高浜へ。地元は歓迎ムードで「東京でも高浜でも小林の周りにはいつも人であふれていた(志津江さん)」が、それまでの抽象画は全く売れなかった。

近くのみそ屋に嫁いだ義姉や近所の人々が持ち寄る食料で糊口(ここう)をしのいだ。家計の足しにと漁業権を取得した恒岳さんは地元のコイやウナギ取りの名人に弟子入り。自ら獲物をさばき、芸術家と労働者の垣根を超え酒を酌み交わした。高度経済成長と歩調を合わせるように水辺に生きた人々は都会へ働きに、湖には大量消費社会のツケが廃棄された。シジミやオニバスの群落が姿を消し、渚は護岸コンクリートで消滅した。

暇さえあれば湖に釣り糸を垂れていた恒岳さん。雨の日、雪の日、真夏の泥濘(でいねい)、水草生い茂る暗がりで命を育む生き物たちに心を寄せるにつれ、画風は抽象から具象へ「自然回帰」していった。

同志

小林家は詩や小説、短歌や俳句を志す文学青年が集い、いつしか地域の諸問題を語り合うサロンとなっていた。昭和41年出版の同人誌『辺(あたり)』に参加した青年らは後に政治家や詩人、ノンフィクションライターとして活躍した。

当時24歳だった小池三郎さん(78)の楽しみは、帰宅の道すがら恒岳さん宅で自作の短歌を披露すること。現在も高浜に住み、50歳を機に「陸からでは決して撮れない霞ケ浦」にレンズを向け、一面のアオコや湖中に打ち捨てられた脱穀機、外来魚の死骸などを写真展で発表した。

昨冬、北茨城で開かれた恒岳さんの追悼展では、代表作ともいわれる「蓮池(雲流れる)」の前から動けなくなった。清らかなハス田で鳴くサギと背後でうごめく異形の魚の群れを描いた作品群を前に「画伯も、あれからずっと霞ケ浦を想い続けてくれていた」と思った。もうすぐワカサギ漁の季節が来る。知り合いの漁師の船に乗せてもらい、霞ケ浦の「生の記録」を後世に残していく。

生臭い絵


『辺(あたり)』創刊号

「先生の描くコイは生命力にあふれ、とにかく生臭いんです」と話すのは、恒岳さんが指導した絵画教室・緑炎会会長の尾島和子さん(79)。恒岳さんは感情を表に出すことはなく、「常に穏やかな印象」だった。

講座では初回から度肝を抜かれた。「きっと、ご自分で獲られたんでしょうね」。たらいの中で躍り跳ねるコイを教室に持ち込み、うろこの描き方、ふいに身をひるがえす時の背びれの動き、側線の描き方を論理立てて解説してくれた。黄ばんだスケッチブックは三十余年経った今も宝物。目下の悩みは会の指導者がいないこと。「先生だったらどう教えるかな」。想像しながら後進を指導している。

残照


ハクレンの駆除(小池三郎さん撮影)

バブル景気が終わる頃、恒岳さんと志津江さんは恋瀬川の源流、八郷の吾国山山中に転居した。本名から「恒岳」に変更後、山容や清らかな水を描いた恒岳さんは2017年初夏に亡くなり、翌春樹木葬で葬られた。

「汚れた霞ケ浦で命を落とした生き物を成仏させ、土に還そうと絵筆を執った」夫の生き様の一端を、志津江さんは詩に書き留めた。四曲一双の大作「残照」(1991)を制作中、夫は空の色を幾度となく塗り直し、漆黒の闇に塗りつぶしたところで突然筆を置きアトリエを出ていった。キャンバスにそびえる夕映えの山肌が輝き始めたように感じ、志津江さんは「残照」という題の詩を書いた。


恒岳さんの「コイの描き方」は尾島さんの宝物

精魂を喰らい尽くした虚構が
まるで生き物のように顕ち上がり
とうに過ぎ去った或る懐かしい光景として
ただそこに現前する

今年、志津江さんは「残照―その後」という作品を発表する。
企画展「霞ケ浦を愛した郷土の画人―小林恒岳と霞ケ浦」は、6月7日(日)までかすみがうら市歴史博物館(坂1029-1)で開催中。午前9時〜午後4時半。入館料一般210円、小中生100円。問電話029(896)0017/同館


桜咲く里(1989)※石岡市役所八郷総合支所に展示中
対の一枚は、恒岳さんの兄・登さん(元国立小児病院院長)の仲介で故ダイアナ妃が院長を務めていた英国の病院に寄贈された


  • あわら日光 月光(1985)
    「あわら」(やわら)は、湧き水が吹き出し、生き物が産卵する水草の生い茂る場所の方言

  • 白い風(1979)
    濁った水辺に佇む3羽のサギ

  • 水辺の月 五題の内・か わ(1969)
    初めて描いた具象画の一つ。黒い水がコイに迫る

  • 高浜風景
    堤防ができる前の高浜入りが描かれている


悠然と泳ぐ2匹のコイ

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