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2019年1月28日(月)

全国に広がった「陸平方式」

遺跡の保存と開発、対立せず

美浦村の陸平(おかだいら)貝塚が国指定史跡となり、2018年で20年の節目を迎えた。さかのぼること昭和の終わり。バブル景気で全国各地の遺跡に開発の波が押し寄せる中、文学を志した同志が意気投合。遺跡の保存と地域の開発振興を対立させずに残された、陸平貝塚三十余年の回想録。


竪穴式住居の復元作業に汗を流す岡野さん(右)=1月12日、美浦村土浦の陸平貝塚

春先にアンズの花が咲き、田植えの時期には入江に浮かぶ「島」が現れる。秋には湧き水で育った稲穂が頭を垂れ、澄み切った冬空に鳥がさえずる。

「美浦に嫁いでもう30年。まるで昨日のことのようだわ」。陸平貝塚で昨年から始まった竪穴式住居の復元作業。安中地区に住む岡野正枝さん(61)が白い息を吐きながらせわしくカヤを束ねていく。今や一人立ちした3人の子育ての記憶は、そのどれもが陸平と共にある。天幕を張った野外映画会にどんぐりクッキー作り、シートに寝転んで眺めた満点の星空…。体験を通し、自身も地域に受け入れられていった。

二項対立からの脱却

昭和30年代から人口が減り続けた村では、大谷地区に美浦トレーニングセンター、木原地区に半導体開発・製造工場を誘致。用地買収などを担当した元村地域整備係長の諸岡正明さん(69)によると、1970年代半ば、長らく上下水道が未整備だった安中地区でゴルフ場や企業の研修施設などの開発が始まったが、いずれもオイルショックで中断してしまったという。

「(生産性のない)遺跡はどこも邪魔者扱いされていた」と述懐するのは、元村長の市川紀行さん(78)。当時、開発側が遺跡の文化的価値を認めず、環境保全派がどんな開発にも断固反対という不毛な議論が全国各地で繰り返されていた。「ここにしかないもの」を生かし、住民が誇りを持てるような開発とは何か。虫食いに開発された土地を一手に引き受け、歴史から忘れ去られた縄文遺跡を核にした複合文化リゾートを実現できる人はいないか。腹案があった。詩や文学に親しんだ青春時代から愛読した詩人辻井喬(堤清二)氏だった。西武百貨店やパルコなどセゾングループを率いる一方で、膨張する消費社会に疑問を持っていた堤さんに「保存と開発、どちらの教条主義も未来を明るくはしない。縄文人に笑われない選択をしたい」と訴えた。初顔合わせからわずか数日後、堤さんは自家用ヘリで美浦を訪れ、古事記や常陸国風土記にも造詣が深かった文学者らしく陸平の美しい入り江を前に「これが日高見国か」と感嘆した。

バブル崩壊後、あまたの不動産デベロッパーが各地で土地の切り売りや投げ売りで撤退する中、市川さんはセゾングループの開発業者から「美浦村に絶対に迷惑が掛からないようにと(堤さんから)言われています」と聞かされた。開発が完遂できなかったことへの、せめてもの罪滅ぼしだった。同社が所有していた広大な土地は、すべて村に無償で寄付された。

「草刈り」から花開く


水位が上昇していた縄文時代、陸平は海の入江に浮かぶ「島」だった(美浦村文化財センター提供)

遺跡は保存されたが、開発に関心が集まっていたため荒れ放題。当時村文化財係長だった増尾尚子さん(62)は「少しでも住民らに関心を持ってもらおう」と有志での草刈りから始めた。その後も月見会や星見会、考古学会の大御所を招いたフォーラムなどを開催。当初「リクヘイ」と誤読していた住民らの意識も徐々に変わり、地元安中小学校には「縄文太鼓クラブ」も創設。多様な活動が功を奏し、最後まで陸平の開発に疑問を呈していた地権者も「未来の子どもたちのため」と史跡指定の判を押してくれた。

95年春、「人も動物も、虫も草花も気持ち良く生きていける村を目指し、一人ひとりができることから始めよう」との呼び掛けで陸平貝塚を生かした体験活動などを行う「陸平をヨイショする会」が結成。初代会長を務めた堀越實さんを中心に講座や祭り、小学生向けのワークキャンプなどを開き村内のさまざまな団体が陸平に関心を寄せ始めた。遺跡からインスピレーションを受けた詩歌や音楽、舞踊など芸術活動も開花。「遺跡の保存と開発は並列同義。精神的には前者が優先」という「陸平方式」は、その後全国の自治体に広まっていった。

わがまちの宝物


陸平をヨイショする会十周年記念パーティーでの一葉。左端が辻井喬(堤清二)氏、隣が市川紀行さん。右端は「動く博物館」構想の生みの親・戸沢充則元明治大学学長

縄文ロマンのリゾート計画は二つのゴルフ場以外実現しなかったが、ヨイショの会の活動費はゴルフ場利用者から徴収した「基金」で賄われている。「国指定の看板があっても、人が関わらなくちゃ。住民が使うことでそこが故郷になり、好きになっていくのよ」と増尾さん。

市川さんも「陸平に遊びに来ることで『そこにしかない宝物』が、もしかしたらわが街にもあるのではないかという気付きになれば」と話す。現在は体調を崩し入院中だが、病室の窓からはきらめく霞ケ浦の向こうに故郷が見渡せる。文化財の価値を共有し、詩を心から愛したかつての同志がヨイショの会10周年記念誌に寄せた文章が、ふいに思い出される。

「目をつぶると白鷺だろうか、あるいは白千鳥だろうか、音もなく一羽の白い鳥が舞いたってゆっくりと視野からきえた。(中略)何度か訪れた湖畔に近い村、美浦のことを思い出そうとすると、私の視野には霞ケ浦に沿ってなだらかな丘陵が続き、湖から吹いてくる風に葦がそよぐ中を(亡くなったヤマトタケルが姿を変えた)八尋白智鳥が飛び翔つ姿が浮かんでくるのである」。


【陸平貝塚】
霞ケ浦に突き出た安中(あんじゅう)台地にある縄文時代早期(約8000年前)〜後期(約3500年前)の遺跡。明治12年、大森貝塚を学術発掘したモース博士の教え子佐々木忠二郎と飯島魁が日本人の手で初めて発掘。「日本考古学の原点」とされている。
1998年国史跡に指定、2004年には住民参加の発掘調査のほか土器作りなどの体験が行われる文化財センター(陸平研究所)を併設。こうした「動く博物館構想」は、今や国内で幅広く踏襲されている。

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