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2017年2月20日(月)

“霞ケ浦の乙女”土浦で発見

深水の愛弟子・伊藤幾久造

大正・昭和期に活躍し戦時中新治郡下大津村(現かすみがうら市)に疎開していた挿絵画家・伊藤幾久造の肉筆画が昨秋、土浦市内の民家で発見された。モデルは当時14歳だった天貝美佐子さん(旧姓大竹・85歳)。70余年の歳月を経た作品の発見に、筑波大学芸術系の齊藤泰嘉教授はパネルや関連資料の展示を企画し、3月29日(水)まで同大学体育・芸術図書館で一般公開。齊藤教授は、疎開先に新たな作品が眠っている可能性を視野に入れ、調査を続けている。


モデルになったときにポーズの指示もあったが「しょっちゅう家にきていたおじさんだったし、緊張はしなかった」と天貝さん

1943年(昭和18)頃、戦況悪化に伴い、かすみがうら市戸崎の松学寺に疎開した幾久造一家。当時、寺の近くに住んでいた天貝さんは2016年10月8日号の常陽リビングに掲載された「名画に見る美意識講演会」の記事を読み、70年前の秋の日をふと思い出した。講演会は伊東深水の美人画「指」から女性表現の美しさを解説する内容。「幾久造先生は深水の弟子。私の絵も指をきれいに描いてくれていたかしら—」と気になり引き出しの奥から出して久しぶりに絵を広げてみると、そこには14歳の丸みの残る美しい指先でひざを抱える少女がいた。

天貝さんは講演会が行われたつくば美術館に絵の存在を連絡。程なく講師を務めた齊藤教授の下に興奮した様子の美術館職員から話が伝えられた。早速、天貝さん宅に向かった齊藤教授。「拝見した絵は保存状態も良く、まるで昨日描かれたように色鮮やか。まさに“霞ケ浦の乙女”ですね」。

暗闇の画家

幾久造は、悪をくじき弱きを助ける黒頭巾の活躍を描いた『怪傑黒頭巾』や、正義の隠密と悪の城主の戦いを描く『まぼろし城』(いずれも高垣眸作)などの挿絵で有名。16歳で深水に弟子入り、そこで培った画力による挿絵は少年たちの心を躍らせ、成功を収めた。洞窟の暗がりにぼうっと浮かぶ松明のあかりや、黒いマントをたなびかせ暗躍する怪人など「どこか怪しげな暗闇の演出が幾久造の魅力でしょう」と齊藤教授。だからこそ、純朴な乙女の絵に意外な印象を受けた。

平和な時代への希望

「偉ぶったような雰囲気はなく背の低い痩せた人。幼いお嬢さんの手を引いて、うちに来たことがあったっけ」と天貝さん。近所と親しく付き合っていた印象はあまりないが、もともと世話好きだったという天貝さんの父はよく面倒を見ていて、幾久造が描いた恵比寿や大黒など縁起物の絵を食料と交換しては一家に渡していたという。

終戦を迎えた1945年(昭和20)10月頃、「世話になった礼に、お嬢ちゃんを描かせてください」とひょっこり現れた幾久造は、脱穀作業をしていた美佐子さんを座らせ20分ほどスケッチ。後日、絹本に描かれた絵を手渡された。

齊藤教授は「日本画はおおよその完成図を紙に描いてから絹本に清書します。美佐子さんの話を聞く限り、きちんと手順を踏んで丁寧に描かれた作品」と分析。絵にはコスモスや芋のツルなど季節の植物ほか、手ぬぐいが描き足されているが、「母が織ってくれた絣(かすり)の着物ともんぺはスケッチしてもらったまま」と天貝さん。かすみがうら市歴史博物館学芸員の千葉隆司さんによれば、絵の中で天貝さんが着ているのは「出島がすり」。旧出島地域では戦中、漁業を営む家の男性が出兵して残された女性は副業として藍染着物の生産を奨励され、数少ない現金収入となっていた。

「空襲で焼け野原になった東京とはまるで別世界だった霞ケ浦湖畔で暮らす少女は、画家にとって平和で穏やかな時代への希望のように思えたのではないか」と齊藤教授。お礼の絵を残して東京に戻る際、幾久造は「僕は画伯になるよ」と天貝さんに言い残していった。

齊藤教授はかすみがうら市周辺にはまだ伊藤幾久造の知られざる足跡が残っているのではないかと考え、情報を求めている。
tel.090(9203)9540/筑波大学・齊藤泰嘉教授


伊藤幾久造(いとう・きくぞう)
1901年(明治34)東京都日本橋区(現・中央区日本橋)生まれ。父が錦絵収集をしていた影響もあり絵の道に進み、16歳から日本画家・伊東深水の下で修行。21歳の頃から雑誌の挿絵の仕事を始め、怪人画や戦争画、怪奇物、SF物などで人気を博した。晩年は出版美術の世界から退き、依頼された日本画の制作などを行った。1985年(昭和60)没。
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