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茨城歴史散歩
[2019-03-29 up]

信太入子ノ台(しだいりこのだい)遺跡出土の蔵骨器 - 美浦村

ふたに「大伴」の墨書「蔵骨器」初の県指定


右から第1号の須恵器、第2号の灰釉陶器、第3号の須恵器(短頸壺)。2号と3号は充填(じゅうてん)された炭状態で見つかった

「大伴」の墨書が残る「第3号」のふたの内側

休日になると家族連れが馬に触れ合おうと訪れるJRA美浦トレーニングセンター乗馬苑。その昔「信太入子ノ台遺跡」と呼ばれた場所で発掘された蔵骨器が、このほど県指定文化財に指定された。

「蔵骨器」はその名の通り遺骨が納められた骨壺。平成21年から1年間行われた調査で出土したのは3つ。「第1号」は窯で硬く焼き締められた須恵器で新治窯跡群(土浦市新治地区)の生産とされる。灰を水に溶いたうわぐすりを掛けて焼いた「第2号」は灰釉陶器で、ほぼ無傷の状態。同センターの中村哲也さんによると日本三大古窯の猿投窯(さなげよう、愛知県)で焼かれたものとされる。「第3号」は須恵器。坏(つき=皿よりもやや深めの器)に使われるふたが転用されており内側に「大伴」の墨書が残る。

大伴氏は畿内で活躍した豪族。中村さんによると、法隆寺などに収蔵されている重文の調布には「信太郡中家村大伴部」などと書かれており、他の土器からも「佛」「志太」など仏教や信太郡との関連をうかがわせるものが多数出土。いずれの蔵骨器にも焼骨が納められ「仏教と火葬、古代律令制度体制下の歴史、モノの流通や氏族の在り方など多くの視点を共有し得る」とこのほど県指定に至った。蔵骨器は村文化財センターで展示中。見学無料。

Tel 029(886)0291/美浦村文化財センター


 

信太入子ノ台(しだいりこのだい)遺跡出土の蔵骨器 - 地図

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