茨城グルメ情報誌「この店とまれ」
一面記事
イベント記事
グルメ記事
ショッピング記事
美容記事
ハウジング記事
バックナンバー
現在位置 : トップ > 茨城歴史散歩 > 長谷川三太夫の墓と刀自霊堂
茨城歴史散歩
[2012-07-25 up]

長谷川三太夫の墓と刀自霊堂 - 土浦市

外祖父と母が眠る乃木将軍ゆかりの史跡


墓石には金太夫の法名「法山道倫信士」とある

乃木寿子をまつる堅牢な霊堂

土浦駅西口から延びる八間道路沿いにある東光寺には、日清・日露戦争で活躍した軍人乃木希典の外祖父・長谷川金太夫の墓と母の乃木寿子の納骨堂がある。

土浦藩土屋家の江戸詰だった長谷川家。長谷川金太夫の人物像については資料がなく明らかではないが、その娘寿子は江戸で生まれ時の藩主土屋彦直の長女・欽子姫が長府藩主の毛利元運に輿入れしたのが縁で毛利家の家来・乃木希次の後妻に入った。

そのため、「おそらく寿子は土浦に来たことはなかったと思います」と住職の松井泰壽さん。寿子はその後、夫の左遷などで傾いた一家を必死で支えた。

1896年(明治29)、三男の希典が日清戦争の旅順攻略で武勲を挙げ明治29年に台湾総督を拝命。その際一緒に海を渡った寿子は、1年経たずにそこで命を落とした。その墓は「台北郊外の三番橋という共同墓地のような場所にあったと聞きます」と松井住職。

現在墓地は開発に伴う区画整理などでなくなってしまったとされるが、先々代の松井泰禅和尚が1938年(昭和13)に乃木堂と呼ばれ親しまれる刀自(とじ)霊堂を境内に建立し、その後台北に赴いて寿子の墓を詣で分骨して堂内に安置。

今でも同窓会報で知ったという台北高等女学校の元生徒が訪れることがあり、お堂と金太夫の墓にお参りする。お堂には「明徳亀鑑」と書かれた扁額が掲げられ、寿子の生き方を後世に伝えている。


 

長谷川三太夫の墓と刀自霊堂 - 地図

Loading...

歴史スポットマップに戻る
茨城歴史散歩のトップに戻る

 

Ads by Google

常陽リビングのTOPに戻る

 

注目の記事
  1. 各地の図書館などで定期開催されている0〜2歳児対象の「お話し会」が人気を集めている。気軽な外出先であると共に、子育てのヒントや絵本を介し子どもとの向き合い方も学べる図書館。司書らは「子育てに疲れたらいつでも遊びに来て」と積極的な参加を呼び掛けている。
  2. 日本では飛鳥時代の頃から記録が残り、明治時代に最盛期を迎えた養蜂。レンゲや菜の花畑の減少に加え輸入品の台頭で国内の生産量は減少しているが、「守谷みつばち夢プロジェクト」では30代から60代の市民ら20人が集まり、せわしなく働くミツバチを楽しく育て、「自然環境の指標」ともいわれるミツバチが教える地域環境の変化に耳を澄ませている。
「常陽リビングニュース」最新記事
  1. 聞こえの相談会
  2. チアリーダー募集
  3. 6月10日と24日、筑波山パワースポット巡り参加者募集中
  4. アウトドア&スポーツブランドなど6社出店
  5. 客船クルーズ説明会
「常陽リビングニュース」アクセス上位記事
茨城歴史散歩