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茨城歴史散歩
[2012-01-25 up]

大雄山海禅寺 - 守谷市

なぞ多き伝説残る将門ゆかりの古刹


8基の石塔。向かって右が将門の供養塔で、七騎の「七」は将門が信仰した妙見信仰の北斗七星に結びつくとも

海禅寺本堂と将門の位牌

守谷市高野に建つ大雄山海禅寺は承平元年(931)平将門創建と伝えられ、位牌などゆかりの品々が残されている。

寛文4年(1664)に四代守谷藩主でのちの大老・堀田正俊が寺の由来などを記して寄贈した『海禅寺縁起』(守谷市指定文化財)によると、将門は延長8年(930)に京都から相馬御厨の下司として帰った後、父の供養のため紀州の高野山を模して海禅寺を建立し、寺が建つ地を高野(こうや)と名付けたという。

本堂に向かって左側に横一列で並ぶ8基の石塔は、将門と家来7人「七騎武者」の供養塔で、平良兼と平貞盛両軍に待ち伏せされ身代わりになって死んだ7人の影武者伝説に基づく。

寺は将門の胴塚だった説もあるが詳細は不明で、7人の家来は騎馬戦で乗る野生の馬を追って調教していたとされ、こうした将門の軍事訓練が福島の祭り「相馬野馬追」の始まりといわれる。

本堂に安置されている将門の位牌には「平親王将門公 當山開基 得怡廉三大禅定門 尊像」と記され手厚く供養されたが、「寺に残された将門にまつわる品々はほとんどが江戸時代につくられたもの。確かな古文書がないので伝説の域を出ませんが、だからこそミステリアスで面白い」と椿文嶺住職。

また、本堂には将門を祖とする下総相馬氏と近世旗本相馬氏の位牌が安置され、墓所には相馬要胤と相馬信胤の墓もあり、いずれも将門の紋と信じられた「繋ぎ馬」の家紋が刻印されている。


 

大雄山海禅寺 - 地図

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