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茨城歴史散歩
[2011-12-01 up]

大覚寺 - 石岡市

石岡 〜 法難の地 〜


大覚寺

板敷山頂の護摩壇跡と弁円懺悔の碑(小写真)

桜川、笠間、石岡の境界に位置する板敷峠と大覚寺周辺は「親鸞法難の地」として知られる。

一帯で厳しい修行を積んでいた修験道の山伏たち、中でも播磨公弁円は庶民の間に広がる親鸞の教えに危機感を抱き、「板敷峠を越え柿岡から恋瀬川を下り、高浜から鹿島神宮に向かう親鸞を峠で待ち伏せしたようです」と大覚寺第21代住職の板敷純雄さん。

武装した一行はなかなか姿を見せない敵に「術を使って逃げたに違いない」と板敷山頂に憎しみの護摩壇をこしらえ、三日三晩祈り殺そうとしたが失敗。しびれを切らした弁円は弓を携え稲田草庵に直接乗り込んだが、そこで待っていたのは憎き親鸞の穏やかな顔だった。それまでの怒りや疑心暗鬼から一瞬で解放された弁円は明法房と名を改め、親鸞に帰依した。

親鸞の人柄や魅力は詩歌『和讃』に書かれている「迷信を必要としないところ」と話す板敷さん。「日が悪い」「縁起が悪い」と気に留めて本来の自分を見失うことなく、きょうという日を精いっぱい生きよ―。「私には親鸞聖人が日々小さな悩みを抱える私たちを、そうやって励ましているように聞こえるのです」。

板敷峠から大覚寺方面に山道を下った場所には「弁円懺悔の碑」が建つ。布教に出掛けたまま帰りが遅い親鸞を心配してひたすら待つ弁円。刻まれた歌は「山も山 道も昔にかわらねど かわりはてたる我こゝろかな」。

自らを苦しめていた怒りや嫉妬の心は変わったが、親鸞聖人の包容力と穏やかさは変わらなかった。


 

大覚寺 - 地図

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