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茨城歴史散歩
[2010-07-13 up]

黒須嘉市郎の石碑 - 牛久市

郷土の教育者の名 県知事の書で残す





「山岡鐵太郎」と読める

江戸期につくられた宿場町・牛久宿の下惣門付近にある日蓮宗の寺・観成院の境内には、地元の教育者として知られた黒須嘉市郎(かいちろう)の名を刻んだ石碑が建っている。

以前は真言宗の寺が存在したが明治の廃仏毀釈で荒廃し、「後に嘉市郎が周辺の子どもたちを集め寺子屋を開いた」と観成院の古渡裕行住職。 現在の寺院から坂を下った駐車場の敷地に建っていたとされる寺子屋は住民の間で「提灯(ちょうちん)座」と呼ばれ、嘉市郎は座長として教べんを執り地元牛久はもちろん、遠く伊奈、河内から100人近くの子どもたちが通い、にぎわったという。

1872年(明治5)、学制が公布され城中町に牛久小学校が設立されると嘉市郎は初代校長に就任。校長と住職の二足のわらじを履き妻のタカと観成院の開山上人となった。

境内の墓地の一画には、初代茨城県知事の山岡鉄舟が郷土の教育者の名を揮ごうした石碑が建つ。石碑は「明治十有五年」に「北相馬郡藤代駅石工 石川竹××」によって建立されたとあり、寺子屋で学んだ筆子の名前が刻まれた中には後に河童の画家として大成した小川茂吉(小川芋銭)の名前もある。石碑の台座には幕末の軍艦奉行・勝海舟の書で「供我以老息我以死」と浮き彫りでしたためられているが、鉄舟と嘉市郎の関係や勝海舟の書の正確な意味は謎のまま、今日まで残されている。

■ 問い合わせ
[TEL] 029(872)0631/観成院


 

黒須嘉市郎の石碑 - 地図

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