古くは「信太荘一の宮」と呼ばれた美浦村の楯縫(たてぬい)神社に、県内でも珍しい木造の狛犬がある。
明治29年に合併で消滅した「信太郡」の「一の宮=地域の中心」だった神社の名前の由来は、祭神のフツヌシノミコトが兜楯を脱いでこの地に残したことから。
現在の社殿は江戸崎を中心に勢力を誇った土岐原氏の配下で木原城主の近藤利勝の庇護を受けて1589年(天正17)に再建立され、のち改修や再建立されたという説もある。
一木造の対になった阿吽(あうん)の狛犬の口の形は「諸法の原点と帰着点」を表し、高さは約40センチで材や寄進した人物などの由来は不明。昭和40年に火災で拝殿が焼失し古文書も焼失。「そこに何らかの由来が書かれていたのかもしれません」と神職の鈴木隆志さん。
境内は1982年(昭和57)に県の自然環境保全地区に指定され、1989年(平成元)には茨城自然百景にも選ばれた。スダジイやシラカシ、コムラサキなどがうっそうと茂り森林浴に最適。境内にそびえ立つ幹周り6メートルのスギノキは、「木原」の地名の起こりにもなっている。