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茨城歴史散歩
[2008-01-11 up]

百里原海軍飛行場の掩体壕 - 小美玉市

道路敷設で消える 昭和の戦争遺産




出土した機銃弾

航空機の爆音がこだまする小美玉市の航空自衛隊百里基地正門から北東200mの所に、旧日本海軍百里原飛行場の掩体壕(えんたいごう)がある。

当時の飛行場はひし形に滑走路が造られ、周辺に約80基の掩体壕があった。現存は17基で、7基が工業団地建設で消滅。第12、第13号掩体壕が「市道小115号線」敷設工事の延長上に当たり、このほど記録保存の対象となった。

掩体壕のほとんどは本土空襲が激しさを増した戦争末期(昭和19〜20年)に造られ、高さ3m、奥行き・幅は20m弱。飛行機格納部を覆う土堤部は両側が翼の高さに合わせて低くなっており、掩体壕を囲むように掘られた部分(周掘部)から土を運んできている。飛行場があった白河村、橘村(後の小川町)周辺には米軍のP-51ムスタングやグラマン戦闘機などがたびたび襲来したため、土を盛っただけの無蓋掩体壕は米軍機の機銃掃射や爆弾による誘爆から飛行機を守った。

掩体壕から滑走路に続く誘導路の土はほかよりも強く固められていて、両側には排水用の側溝も見つかった。爆弾の投下跡とみられる大穴からは飛行機の部品とみられる金属片が出土。機銃掃射(12.7ミリ砲)の弾も多数見つかっている。

今月中には敷設工事が再開される予定で、2基の掩体壕もいずれ土に返され、その姿はおそらく二度と見られない。

Tel0299(26)9111/玉里史料館


 

百里原海軍飛行場の掩体壕 - 地図

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